『太陽を盗んだ男』
何度も見ているのに最初から最後まで見たことがない映画というのが何本かあって、ぱっと思いつくのは「火垂るの墓」(数年前に完走)と「太陽を盗んだ男」。最近、この「太陽を盗んだ男」をようやく全部見ることができた。私はちょうど後ろの半分を見ていたと分かった。
オープニングからいきなり引き込まれる。そこから映像だけでどんどん説明を済ませていくのはもう上手いとしか言いようがない。前半、「生きがい」を見つけてしまった主人公の城戸がそれに没頭していよいよアレを完成させてしまう。その時、空に昇っていく太陽の映像と共にファンファーレのように音楽が流れる。"Sunrise"というタイトルのこの曲は、城戸の達成感を象徴しているようだ。
しかし、アレを作るというデカいことをするのが目的であって、その先のことを考えていなかった彼は自分の前にはやはり退屈で虚しい日常しかないことを痛感する。結局、このあと色んな事をやってみるのだけれど、彼は満たされない。それをやっている間だけ、彼は生きている実感を得る。だが、自分に命がけで向き合ってくれた菅原文太は死に、自分もまたこの先には死しかない。
ラストシーンでまた"Sunrise"が流れる。やりきった感はある。でも何の意味があったのだろう――。この「虚しい達成感」にこの曲を合わせた作り手の天才性を感じずにはいられない。何度も何度も半分だけ見るこの映画に、とんでもなく惹かれたのは、まさにこのラストシーンがあったからだ。
なんのこっちゃと若い頃なら思っただろう。でも、今の私は痛いほど城戸の気持ちが分かる気がする。何かをやりきりたい。でもどこまで行っても虚しい。それでも――。
あとは死ぬしかないというところまで行けたじゃないか、と彼を肯定してやりたい自分がいる。どこか彼を美しいと思い、羨んでいる自分がいる。